大平健著「やさしさの精神病理」


初めての書評です。
実はあまり書評というものを書いたこと及び読んだことがないので内容はお恥ずかしいものになっていると思います。巷の書評とちがって、本の魅力を伝える、内容紹介を重視していますので、素人の戯言だと思って読んでください。


世の中、やさしさが求められています。
ベネッセコーポレーションたまひよ2005年名前ランキングにおいても「優しい・おもいやり」といった名前をつけたがる親が女性では一番多く・男性では二位になっています。


しかし、最近は今までと違ったやさしさが出てきています。


「この間、学校へ行く時、ふだんなら坐れないのに、突然、前の席が空いて坐れちゃったのね。そしたら次の次(の駅)ぐらいの時、オジイさんが私の前に立ってェ、私、立ったげ八日なって思ったけど、最近のお年寄りって元気な人、多いじゃないですか。ウチのおばあちゃんなんかも私たち孫以外の人がオバアさんなんて言ったら、もうプンプンだからァ、このオジイさんも年寄り扱いしたら気を悪くするのかなあ、なんてことを考えてたらァ、立つのやめたほうがいいか、なんて考えてェ、寝たふりしちゃったの」


平氏僕は精神科医ですから、患者からどんな話を聞いても驚かないつもりでしたが、正直言って、この高校生の言葉には虚をつかれる思いがしました。


と面食らった模様です。本書は、こうしたあたらしい優しさにスポットを当てた書です。
小遣いをもらってあげる"やさしさ"
相手を狼狽させ、そしてそういった同情がお互いうっとうしいから、人前で涙をみせない"やさしさ"
黙りこくって、暖かい気持ちにはしてくれるが、無駄にお互いに干渉してこない"やさしさ"
などをとりあげています。


平氏は、旧来の優しさを「やさしさ」とし、前述の女子高生に代表される、新しいやさしさを"やさしさ"と区別しています。旧来のやさしさは、一九七〇年代の学生闘争の時に生まれた、互いの傷を舐めあうような優しさでした。対して、現代は傷ができたからといってはモノを買い替え、健康食品・自然食品がもてはやされるようになりました。だがしかし、カラダにいいもの、いたわるものをとり続けた結果、人間の免疫力が逆に減ってしまったのではないでしょうか。だから、O-157などといった、感染力が本来弱い菌によって人間が死亡してしまうようになったのです。


免疫が弱くなったのは何もカラダだけではありません。心もそのまた傷つくことにとても敏感になったのです。だから、傷ついた心をいやす「やさしさ」に対して、相手を傷つけないように、そもそも原因の元を取り除いてしまおう。予防としての"やさしさ"がもてはやされたといいます。葛藤を、相談して解決するのではなく、その相談自体を拒否するのです。だから、前述の女子高生の"やさしさ"も妙に慎重で、相手の心を(自分の都合の良いように)きめてかかる節があるのです。


私は、この本の存在を、大学入試の小論文で出会って知りました。そして、大平氏の主張大変感銘を受けたものです。そしてそれは今でも変わりません。だがしかし、大平氏ば、敢えてなのかわかりませんが、大切な指摘が触れられていない気がします。


それは、現在の人々も心のどこかで「やさしさ」を求めているということです。これは、ドラマを見ても、歌を聴いても「やさしさ」の大切さをあらわしているものが多いことからも明らかでしょう。「世界の中心で、愛をさけぶ」「いま、会いにゆきます」「タイヨウのうた」といった純愛系の映画も大きく話題を呼びました。


私は、最近NHKの「純情きらり」をちらほら見ています。その中でヒロインの桜子は、お節介で相手のことを第一に考えて突っ走ってしまう女性です。それを見て
私:「いま、桜子みたいな人(「やさしい」人)、世の中にいないね・・・」
父:「いないからこそ、そんな人間が必要とされるからこそ、ドラマになるのだろう・・・」
ああ、なるほど。


ともかく、心のどこかで満たされない思い、私を受け止めてほしい思いというものはだれにでもあるはずです。しかし、その思いより自分の心が傷つきたくない思いの方が今の人間は総じて強いのです。ある意味、ディレンマです。これこそが、タイトルである、「やさしさの精神病理」なのです。


やさしさ、いやもとい「やさしさ」など、どこかぶしつけがましくて、ときにウザったいものなのです。だから、「私のこと放っておいてよ!」と「私を受け止めて欲しい、認めて欲しい」というのは両立しないのです。それを理解できないから、「父親に小言言われたから放火した」といった悲しい事件が起きている事は、間違いないでしょう。


さて、冒頭のように、現代において優しさが求められているのは間違いありません。だがしかし、問題の本質はその内容についてほとんど語られなかったことでしょう。だからこそ"やさしさ"こそすべてとする、前述の女子高生のような人々が出てくるのです。


この本は、ごくごく当たり前に尊重されてきた優しさにスポットをあて、現代社会の闇を映し出してくれる、貴重な本です。それと同時に、私にとっては人付き合いの教科書のような存在でもあります。この本はほとんどが口語で書かれており、活字嫌いな人にもきっと読みやすい書でしょう。岩波新書の中でも最高傑作であると同時に、私にとっていつまでも本棚にいてほしい書でもあるのです。みなさんも是非手にとって、読んでみてください。